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niwaringo.masuda

ひとりますだ

にわかで結構。マニアでなくても好きといいたい

好きになるといろいろ調べたくなる。そしてまつわる様々なことを覚える事にも楽しみを覚える。そのことは否定しない。素晴らしいことだろう。ただし、いろいろ調べて覚えて覚えていないと好きとは言えない。というわけではない。

好きなら調べて覚えたくなるが、調べて覚えていなくとも好きは成立する。

電車を例にとって考えてみよう。

電車が好きで、時刻表や電車の型番なぞを空で言えるほどに覚えている。それはきっと好きの成せる技なのだろう。

ただ、時刻表を覚えていなかったり、電車の型番をそらで言えないからといって、電車を好きと言えないのはおかしい。電車を見るたびに、あーカッコいいなー、見てるとなんか癒やされるなー等という感情が芽生えるなら好きと言ってもいいのではないか。

このような「マニアではないけれども好き」という状態をにわかと言って蔑む事はひどく狭量でさもしい。

好きだということを言うことは、なにも知識を競ったり、そこで承認欲求を充たそうとしているのではない。ただのふとした感情の発露なのである。

「俺の方が好きだ。こんなにも!こんなにも!!」なんて誰も求めていない。「確かにいいよな。」と言って笑いあいたいだけなのである。