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niwaringo.masuda

ひとりますだ

歳を取ると勉強したくなる

昔、ミュージシャンや芸能人が売れなくなった段階で留学にいくのが凄く不思議だった。いや、「どうせ売れなくなってきたから逃げたんでしょ。」などの穿った見方をしていた。

ただ、歳を取ると考えが変わる。彼・彼女達は本当に勉強がしたかった(人が多い)んじゃないだろうか?

若いころ、というか経験が浅い時はとにかく経験を積む事が非常に有意義に感じられる。現場が全てというか実務に勝るものはないというか、経験は勉強より何倍もの価値があると思いこんでいた。

ただ年月を経るにつれ人の考えは変わる。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とまではいかないまでも、経験だけではひどく狭量な見識しか身につかない事、体系だって物事を理解していないことは非常に危ういという事に気がつく。そして、勉強というものが実世界において非常に有益だという事に気付く。

今なら素直に思う。目の前の課題をこなしていくだけでなく体系だって勉強したい。マーケティングをやりたければ、心理学や、文化人類学などもやはりきちんと勉強しておきたい。そうでないと、ひどく浅はかな考えになっているのではないかという恐怖が生まれる。

* * *

目の前の課題をこなしていると、「お、これは真理に近い事に気づいたのではないだろうか?」という経験をすることがある。ただ、凡人の思いつくことは他の凡人も当然思いついており、それが学問として研究されて結果が出ている。何度かそういう事を経験していくと、自分の無知さかげんにやっと気づき「勉強したいな」という素直な感情が芽生える。

その意味では、若かりし頃に抱きがちである根拠のない特別感という物が喪失されると、人は勉強したくなるのでは無いだろうか。まあ、完全に個人の経験のみ基づいているソースゼロの思いつきであるが......

そう思って、本を読んだり勉強を開始はする。ただ、気づいた時には日々の実務もある程度は多忙になってくるし、まとまって勉強をするという時間が足りない。一方で勉強したい項目は加速度的に増えていく。

功成り名遂げたミュージシャン、芸能人であれば一区切りついた段階で留学などをしやすいだろう。ただ、大多数の一般人は生活等を考えると現実的には勉強だけをするというのは非常に難しい。育児休暇などのように数年に一度勉強をするための休暇という制度があると社会全体の底上げに繋がったりしないだろうか。どうだろうか。きっと弱い心に負けて無為に時間を過ごして終わりになりそうではあるが。