niwaringo.masuda

ひとりますだ

気持ちがわかっても事実は変わらない

自分がやれば簡単にできると思い込んでいたモノが、いざその立場に経つとしがらみで変化させるのが難しいと分かる。軽蔑すらしていた行為が、相手と親しくなり状況がつぶさに分かることにより気持ちが分かるようになる。

自分が想像できる幅などたかが知れていて、いざその立場に立ってみることによって初めて相手の気持ちが理解できて、なぜそのような事になっていたのかが分かるという事がある。

例えば、普段はDMメールの多さに非常に辟易して、「こんなに送っても逆効果だろ。担当者は馬鹿なのか?」と思っていた人間がいるとする。その人がひょんなことからメールを配信する人間と知古になると、メール以外打ち手が無い現状を知ることによって、迷惑メールと知りつつもメールを配信してしまう人達の気持ちが初めて分かるようになる。すると、少ないながらも反応する人達を立てに一定の効果・需要があるのかもなんて自分に嘘をつくなんて事が無いとも言い切れない。

今まで分からなかった物が分かるようになって視野が広がったと言えないでもない。ただ、やはり事実は変わらない。迷惑メールはやはり迷惑メールである。配信する人間の心情がどうであれそれは揺るぎない事実としてそこに立脚する。

気持ちがわかってしまうと、事実から目を背けてしまいやすくなる。しかし、目を背けても事実は変わらないし、心の底で良くない気持ちが渦巻く。背けていた事実を誰かに変えられて、本当は自分がやりたかった事で正しいと思うのに嫉妬にかられて、変えられない連合に入って相手に悪態をつくなんて最低だ。

だから、空気をあえて読まないという能力がなにかするためには本当に大事になのでは無いか。周りから空気読めないなんて非難されようが、空気を読まないという強さが必要なときもある。

気持ちがわかってしまうとそれがマイナスになってしまうなら、いっそ気持ちが分からない状態を保つというのは非常に有効な戦術ではないだろうか。大事なのは事実の場合は。

大事なのが気持ちなら、好きにすればいい。