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niwaringo.masuda

ひとりますだ

恐いのは敵ではなく味方

 「誰が言ったかより何を言ったかが大事」という言葉がある。インターネット初期の『インターネット理想郷』とセットで取り扱われる事が多かった気がする。確かに人のフィルターをかけずに『純粋な意見のみ』を判断できればそれはそれで素晴らしいが……無理だから! そんな事!!

 SNSが発達してきた現状は「意見」と「人」は密度を高めている。いい悪いではなくこういうものだ、時代の流れである。ただ、これは副作用として問題も生み出している。

 「何かを広めるには敵よりも味方が障害になる事がある」 という問題を。

 具体例。

  • なぜリベラルは嫌われるのか(城繁幸) - 個人 - Yahoo!ニュース

    香山リカ氏が「私たちが反対するとむしろ賛成に回る人達が増えるくらい、私たちリベラル派は嫌われている」と嘆いて話題となっている。例の秘密保護法案に対しリベラルは熱心に反対活動を展開したものの、それがむしろ賛成派を勢いづかせてしまったように感じているらしい。

 香山リカ氏や秘密保護法自体に意味はないし特別な感情は無い。着目したいのは『ある事(ここでは秘密保護法)に反対するという運動』が『ある人たち(ここではリベラル派)が味方する事』によって逆効果になったという事である。

 「反XX」などの運動をおこそうとしているクラスタが特殊すぎて、その運動自体が嫌になるという事がある。特定クラスタを人々がさけるようになると、避けられた人たちは純化して先鋭化する。今や見慣れた光景ではないだろうか。

「社会運動はどうやって起こすか」というTEDの動画がある。
Derek Sivers: How to start a movement | Talk Video | TED

 この動画ではリーダーよりフォロワーの重要性をポジティブに説いているが、フォロワーの重要性はネガティブでも非常に重要だ。動画を見ているとある臨界点を超えた辺りからワラワラと人が押しよせてくるが、こうなると制御不能である。膨れ上がっていくと当人達はムーブメントのど真ん中で興奮状態にあるが、それ以上に周りを引かせているという現象が起きている可能性を高い。

 ビジネス書では「まず誰といっしょにバスに乗るのかを決めてから行き先を決めろ」なんて話が出てくる。ソーシャル時代では、バスの『中の人たち』が誰と一緒に乗りたいのかと関係なく、『外の特殊な人たち』によってバスの命運が左右されることがある。「このバスは素晴らしい。絶対乗るべきである。このバスが注目されないのは陰謀だ」なんて特殊な人たちは純粋に良いことをしていると思ってバスの周辺で大声でがなりたてる。ひくわー、ドン引き、周りはね。

 こわいね