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niwaringo.masuda

ひとりますだ

#myNYPDから考えるソーシャルメディアマーケティングに対する炎上というボディーブロー

 NY市警がTwitterのハッシュタグを利用して警官と一緒に写っている写真を募集したそうだ。市警としては「親しみやすいお巡りさん」を演出するつもりだったのであろうが……結果、ハッシュタグは警官の暴力写真で溢れてしまった。いわゆる炎上である。

 * NY市警の「ツイッター広報」裏目に、警官の暴力写真であふれる 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

 昔から言われている、「人の口に戸は立てられない」。ネガティブな情報をコントロールする事などは不可能である。炎上したのはソーシャルメディアが「原因」ではない。ソーシャルメディアは(一部の)市民の感情を「可視化」しただけだ。しかし、可視化によってネガティブな感情がバイラル的にひろまる効果は無視できるものではなく、これは組織がソーシャルメディアマーケティングに投資するのを萎縮させるには十分過ぎる理由になるのではないだろうか。

昔にこのキャンペーンをやっていたら?

 この「警察官と一緒に写っている写真募集キャンペーン」をソーシャル以前の昔に実施していたと仮定してみよう。きっと募集は郵送で受け付ける形であろう。この場合、今回と同様にネガティブな写真が大量に送られてきて大問題に発展しただろうか? きっとそうはならないだろう。

 まず投稿者が負担すべきコストという問題。写真の郵送には送料や現像費用がかかる。このコストを支払ってまでキャンペーンにネガティブな事をする人は稀であろう。次に内部処理。郵送であればたとえネガティブな写真が送られてきたとしても、内部でよしなに処理されてしまう。隠匿であるが現実問題として大問題に発展することもないし、担当者はキャンペーン失敗の責から逃れる事ができるだろう。

 懐古主義的に昔はよかったと言いたいのではない。ましてやソーシャルメディアの可視化を貶めて情報を隠匿すべきだと言いたいのではない。ただ、現実としてこうだったのではないか。過去がこうだったというのは、まだインターネットが存在する前から仕事行っていた人たちが多く存在する現在では一定の理解を示す必要があるのではないだろうか。

大きな組織でのソーシャルメディアは炎上と隣り合わせすぎる

 ソーシャルメディアは反応がダイレクトに「見える化」される。もちろん都合の悪いネガティブな情報も、というか都合の悪い情報ほど「見える化」される。

 以前であれば、中の人のみが知っていた情報がおおやけにさらされるのである。これは大きな組織の中の人にとっては正直リスクと捉えられるであろう。追い打ちをかけるように大きな組織がソーシャルで失態を演じると、こぞってメディアに取り上げて延焼する。話題の消費速度が上がっており新たな話題が求められている状況では、このような大きな組織のソーシャルでの失敗は格好の餌食である。

 大きな組織にとってソーシャルメディアでマーケティングをするという事は炎上と隣合わせなのである。これは善悪ではなく事実であり向き合うべき問題である。現実問題としてメディアに多くの投資を行うのは大きな組織になるので炎上というのはメディア側にとっても取り組むべき課題になるのではないだろうか。

炎上対策はソーシャルメディアマーケティングではない

 いまやソーシャルメディアに取り組む上で、炎上対策をしないのは素手で戦場に向かべきようなものなのかもしれない。事実、様々な企業から炎上対策ソリューションが提供されているということはそれだけマーケットがあるという事の証拠であろう。

 しかし、冷静に考えてみたい。そこまでして戦場に向かうべき必要があるのだろうか。ECサイトなど、費用対効果が明確にでる場合は対策コストを織り込んで戦場にいくことを決断するかもしれない。しかし、PRなどの単体では費用対効果の算出が難しい領域ではどうだろうか。大きな組織になればなるほどリスクを嫌い傾向はどうしても強まっていく。こう考えると一番の炎上対策はソーシャルメディアから距離をおくことという判断はある種の合理性を持つ。

 積極的に取り組まなくても自然発生するリスクに対する備えとして「炎上対策ソリューション」には一定の需要はあるかも知れない。しかし、それはもうマーケティングではないだろう。炎上対策に主眼をおくと担当者も変われば管轄部署も変わる。そして、予算も当然変わる。炎上対策に投資される費用はプロモーションとは比較にならない程の少額になるし、なによりもソーシャルメディアプラットフォーマーではなく外部エコシステムに投資が行われるという事になる。

炎上というボディーブローにより投資は減額されていき揺り戻しが発生するのではないか

 本質的には、炎上が起きる根本の原因を解決する事が大事である。今回のニューヨーク市警の例についても、なぜこのような自体になったのかをポジティブに考えて組織運営の改善に活かすという事が本質であることは当然だ。また、プロモーション担当としては、元々あまり良くなかった評判を覆す事を意図したキャンペーンであっただけにこのような自体はある程度織り込んでおくべきことだったかもしれない。

 プロモーション個別にみるとプロジェクト毎に反省点や対策はあるかも知れない。しかし、全体としてはソーシャルメディアが炎上という危険性をはらんでいるという問題は別問題である。ソーシャルメディアに取り組むべき企業の問題とソーシャルメディア自体の問題を混同してクソミソにしたら何も解決しない。

 ソーシャルメディア側がそれはプラットフォームの問題ではなく、組織個別の問題であるという事を繰り返し続けると投資が減少していくだけである。もう、そういうフェーズなのではないだろうか。

 フォロワー数やいいね数も確かに大事である。しかし、炎上という現象が引き起こす投資の萎縮効果などの問題にエコシステム全体で取り組まないと、この先大きく投資が増え続けていく事は無いのではないだろうか。個人的には、そのうちオープンに対する揺り戻しが発生してクローズな環境への投資が加速してしまう事は避けられないと思っているが、、、、

 少しでも長くオープンが続くために、またクローズからの揺り戻しの時によりよいオープンになるために炎上という問題はきちんと考察されたい。