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niwaringo.masuda

ひとりますだ

地方出身の東京在住者が田舎について思いを垂れ流す。ツラレタクマ

 うすうす気づかれていたが「地方出身の東京在住者が地方生活について一言物申したい。」というマーケットが存在している事がここ数日ではっきりした。「クソ田舎」と言うほどの田舎でもなく、かと言って「都会」でも無い地方の出身である自分も釣られてる。くまー。

 まとまりないし、まとめる気もないし、まとめる力も無いから、まぁ、ダラダラと思う所を垂れ流してみる。

 閉塞感が本当に嫌だ。あの町から抜け出せてせいせいする。なんて生まれ育った所を唾棄すべきところだと思ってないし、ほどほどに良い所だと思う。「いつかこの手につかむぜBIG MONEY」なんて思ってないし、情報感度も高くないけれども、東京はいいところだなって思う。で、どっちつかずな君はどっちに住みたいの? って言われたら「ん〜。東京」と答えるかな。

 色んな人が言及している通り、地方には仕事が本当にない。自分は西日本のとある地方都市で育ったんだけれども、少し前まではなんだかんだと、重工業系の巨大企業の生態系が生きていて、ちょろりちょろりと食うに困ららない程度の仕事があるなんて話を聞いていた。だけど今は結構本当に大変らしい。きっと今自分がやっているような仕事なんかは無いだろうなって思う。

 東京に出てきてビックリしたのが「どうやってそれで飯を食えるのか分からない人たち」がウジャウジャいることだった。全体の市場が大きいから、理解に苦しむ隙間産業でも十分に食べていけるだけのパイがある。無数の隙間にパイがぎっしり妻っているのが東京である。地方にはパイが詰まった隙間がないから、生態系も発達していない。だから、地方では基本的に自分たち(自社)でなんとかしようする。東京では餅は餅屋で外注する事があたり前の事を必死こいて皆で回しているのである。卵が先か鶏が先かは分からない。ただ、そういう傾向が非常に強いという事実はそこに存在している。

 地方いた頃は「東京は人が冷たい」なんて言説よく聞いていたし、自分もとりあえず何回か発言したことがあるけれど、住んでみると全然そんなこと無かった。むしろ程よい距離感の人が多くて良い。きっと「他人同士の付き合い」にみんな慣れているんだろう。エレベーターの割り込みとか絶対的に東京の方が少ないし(上野は除く)、道とかも親切に教えてくれた(Googleマップのおかげで最近は道を聞くこと自体無くなったが)。親しい人の数は地方にいた頃も、東京でも変化はないかな。

 出会う人の「種類」は圧倒的に東京の方が豊富である。悪く言えば他人の価値観を気にしないというか、良く言えば自分と違う価値観を認め合える土壌があるというか。東京の同質性を求めない所は非常に素敵である。あと、価値観が変化する人も東京には多い。意識高かった人が急にやさぐれて人を信用出来ないようになっていたり、それでもまた誰かを信用していたり、やっぱりやさぐれたり。まあ、コロコロ価値観が変わる人が多い。地方だと平気で未だに中学生のヤンキー性を引きづったままの人がいたりする。良く言えばいつでも変わらない「ツレ」なのである。なぜこうなるかなんて理由は知らん。

 自分は東京にいてようが、情報感度は別に高くないし、人見知りだから会いたい人にすぐに会いに行くなんて事もできない。でも、地方にいる時に感じた「触れる情報のリアルは遥か彼方」というストレスは無い。一昔前に「ノマドがカフェでMBA。プギャー」なんて揶揄する人が多かったけれど、地方にはそもそもカフェなんて無いしね。喫茶店すらドシドシ潰れて壊滅してるしね。地方でもインターネッツでノマドが話題になっている事の情報は取得出来ても、全然リアルに感じれないからね。テレビとか雑誌で話題になっている店とかスポットとか現象とか、情報として知っていてもリアルには感じられないものである。結局、リアルは東京に集中しているから。地方で情報だけ最新に触れていると、これが結構にストレスになる。

 自然か。地方の方が自然が豊富なのはそら間違いないけれど、東京ってスゴイ公園が豊富だと言うことは見過ごせない事実である。地方でもベッドタウンだったりすると、公園行こうにも車でしか行けないとかのトラップがある。あと、自然豊富な所に囲まれていても大きく育った大人達の多くはパチンコが趣味だったりする。大自然が人格形成に影響するかは知らん。まあ、パチンコは都会の人も行くからどっちもどっちか。

 幼少期は自然豊かな方がいいというのはよく分からない。田舎出身の自分は、幼少期を都会で過ごしたことがないから。神様が目の前に現れて「君を今から幼少期に戻すことにしたけれど、あの町からのリスタートでいい?別にいま住んでいる東京からリスタートさせてもいいけれど、どうする?」って聞かれると「ん〜、東京でお願いします。」って言うかな。何となく。実際は、どこかの漫画家さんが言っていた「東京で育とうが地方で育とうがスゴイやつはスゴイ」というのが真理に近いんじゃないだろうか。偉い人が言う「自分を変えたければ決意を新たにするとかじゃなくて住む場所かえれば?」っていう言説は聞けばそれっぽ気がするけど全然実感がない。すごいやつは何処でもスゴイし、ダメな奴は何処でもダメ。都会で過ごしても田舎で過ごしても自分はきっとスゴくはなれない。残念だけどね :(

 地方では飲んでいても22時とか過ぎるともう町が寝静まるからね。空いているといえば地方特有の業態「スナック」くらい。別にそんな所いきたくないよね…… 歳取ると遅くまで飲むこと自体が苦痛になるからこれはどっちでもいいか。

 ここまでダラダラ書いていて、本当にまとまりなくて自分でもびっくりしている。まあ、いいか。

 結局、自分を含め多くの人は経験したものしか理解出来ないし、理解出来ないものに対しては過度な期待をしやすい傾向があるのは事実だと思う。隣の芝生は青いよ。昔から言われてる通りコレは避けられない心情だとおもう。現状に不満があると、青い隣の芝生に勝手に期待して、時間が経つと勝手に失望するというサイクルを回すのは世の常である。

 ただ、それでもやはり行動するという事は素晴らしいし、家族の了解が得れてるんだったらやってみてダメなら戻ればいいだけだから、素直に頑張って欲しい。