niwaringo.masuda

ひとりますだ

yak shavingを楽しめなくなった

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 yak shavingという言葉がある。直訳するとヤクの毛刈りだが、実際には「一つの問題を解決しようとしたら芋づる式に色々な問題が出てくる事」という意味合いで使われる。

 yak shavingに遭遇する代表的なパターンは、OSのバージョンアップだ。OSのバージョンアップ後には、ちょっとした問題が出て、それを解決しようとしたら、また別の問題が出て……という形で、ちょっとした問題を解決するつもりが、芋づる式に問題が出てきて作業が終わらないという事がよくあった。

 「よくあった」というのは、最近のOSは精度が上がって最近はyak shavingしなくて良くなった。という意味ではない。自分自身が、OSが枯れるまでバージョンアップしなくなったから最近は経験していないだけだ。

 加齢を重ねると、yak shavingの臭いに敏感になる。昔、嬉々としてヤクの毛刈りをしていた経験から「あ、これは泥沼にハマるな」的な予感が働くようになる。そのため、yak shavingを避けるようになれる。

 コレっていい事なのだろうか。ヤクの毛刈りは面倒な事この上ないが、新しい問題に出会える楽しみもあったはずである。悪態をつきながらもどこかでそれを楽しむ事ができていたはずなのだ。

 経験によってヤクの毛刈り回避能力が上がった、なんて言うと聞こえはいいけれど、それってただの余裕が無かったり、好奇心の減少なのでは無いだろうか。

 つまり老いたのではないだろうか。

 iOS8へのアップデートバッジを見ながらも、億劫になってアップデート出来ていない状況でふとこんな事を思う次第である。