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ひとりますだ

何かを作る時に考えうる3つのパターンを整理しておきたい

 何かを作る。それは料理かもしれないし、DIYでの犬小屋かも知れない。仕事で取り組んでいる製品かも知れないし、誰かへの依頼文章かもしれない。

 プライベートや仕事を問わず、何かを作るという事に対しては、常に向き合い続けないといけないわけだが、この何かを作るという行動には大きく3つの目的がある。

  • 需要に対応する
  • 需要を作りに行く
  • 自分がやりたいだけ

 まず、はじめに考えられるのが「需要に対応する」というパターンだ。これは、家人に依頼されて料理を作ることであったり、壊れた何かを治すであったり、顧客の要望で製品をつくったり、等などであり、作る目的としては一番多い。必要なのは、需要をキチンと見つめる事、需要のもとが特定少数である場合は、ヒアリングをする事である。

 次に、「需要を作りに行く」というパターンがある。新製品が代表的である。やりたがる人が多い反面、できる人は少ない。これには、何かを作るだけでなく、需要自体を作りに行くという作業が同時に必要になるし、当然需要の換気ができる見込みの論理構成が必要である。

 最後は「自分がやりたいだけ」というのもある。個人のブログなんかはこの典型例だし、仕事でもやる。革新的なモノなんかはこのパターンで生み出される事が多いが、だからといって自分がそれを出来るのかは別問題なので気をつけたい。必要なのは、これが許される実績と何があっても折れないココロ。


 なぜ、こんなパターン分けをするかというと目的を達成するためのアプローチが違うにも関わらず、このパターンをごっちゃにして、違うパターンだと認識して問題が起きてしまう事があるからである。

 製品に機能を追加する場合で考えてみよう。その追加しようとする機能は、実際には需要がなく、その需要自体を作りに行く必要があるとしよう。本来であれば、機能の追加と共に需要をつくりにいく工程を踏まなければならない。

 ただ、このような場合に往々にして取られる手法は、想像上の需要を実際にある需要であるかのようにでっち上げて、その想像上の需要に対応するという体でモノを作る事である。

 で、失敗すると読みが甘かったなんていう、よく分からない反省で終わってしまう。本当の問題は、需要の読みが甘かったのではなく、そもそもがそんな需要は無いので、需要を作りに行く工程を踏まないといけなかった事である。さらに、問題を追求すると、実は作りたかっただけというオチだったりもする。

 需要に対応するのか、需要を作りに行くのか、自分がやりたいだけなのか、別にこれらに貴賎はない。ただ、アプローチが違うだけである。

 今、つくろうとしているのはどのパターンなんですかね?