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niwaringo.masuda

ひとりますだ

鞄と網棚とおっさんと私

 鞄を網棚に置くのは少数派だそうだ。どこで読んだかソースは忘れたしあえて探すコトもしないが、そういう記事を読んだ。

 事実、電車のなかで視線を動かすと、ほとんどの人が鞄を網棚におかず、肩からぶらさげている。昨日、意図的に見渡してみたが、網棚に置かれている鞄はひとつだけだった。

 読んだソースでは「なぜ鞄を網棚に置かないか?」という理由に、『忘れるのが怖い』、『おっさんぽいからだ 』と書いてあった。

 「忘れる」コトについては、『流石にそれはねーよ』と一笑に付して終わりにできる。ただ、「おっさんぽいと思われたくない」という理由には若干の共感を覚える。なにも網棚に鞄を置くという行為がおっさんぽいと思うわけではない。鞄を置くという行為がおっさんぽいと思われるのなら、『正直、鞄は重たいけれど網棚におかずに肩からさげておこうかしら?』 なんて思いも頭をよぎる。

 いや、ここは正直に告白しよう。この記事を読んでからしばらくの間、私は網棚に鞄をおかずに肩からさげていた。

 紛れもないおっさんだし、それを隠すコトもしない。ただ、誰にみられるわけでは無いが…… 「おっさんとみられるコトを避けられるなら避けたい」という意味のわからない助平心があるのも、悲しいかな事実である。私は、美魔女なんて風潮を小馬鹿にしながら、記事で読んだ不確かな情報に流され網棚に鞄をおかなくなる卑小な人間なのだ。

 こんな時に「にんげんだもの」なんて使えばいいのだろうか?

 恥部をさらけ出すコトはこれぐらいにして、話を続けたい。こんな告白をしたくてこのエントリを書いているわけではない。

 一時的に網棚に鞄を置かない派に転向した私であるが、今はまた鞄を網棚に置いている。

 なぜか? 単純に他人に迷惑がかかるからである。(どやっ

 鞄とは結構場所を取るものである。だから、鞄を肩から横にかけていると横に面積を取る。結構とる。だからと言って前にかけると、座ってる人へのプレッシャーが半端ない。そして、その様は、座るという特権を持っている人間に対するささやかな抵抗をしているようで恥ずかしい。

 鞄を網棚に置かない派閥に転向して、また鞄を置く派閥に戻ってみて気づいたのは、鞄を持って座席の前に立つという行為は、他人に迷惑をかけている行為である。

 他人へのちょっとした配慮で成り立っているのが公共交通機関である。

 あらためて眺めてみると、網棚の前に立っている人たちの鞄が占めている幅を合計すると1.5〜2人程度のスペースになる。

 そうだ、すっかり忘れていたが網棚の本来の目的はコレだったはずである。少しでも多くの人が乗れるように。硬い鞄の角があたって不快な思いをしなくても済むように。あたったあたっていないという不毛な争いをしなくても済むように。本来の網棚の目的はコレを解消する事にあったのではなかろうか。

 いつしか忘れていたが、本来の目的に立ち返って鞄を網棚におく啓蒙をすれば、いくばくかは満員電車も緩和されるのではないだろうか。

 おっさんでもいいじゃない、みんなのためになるんだったら ;)