niwaringo.masuda

ひとりますだ

出力デバイスによって文章がかわるということ

宮藤官九郎さんが、なにかの本のあとがきで「パソコンになってから脚本が少し変わった」というような事をおしゃっていた、気がする。「紙の原稿用紙に脚本を書いているときは、パソコンのようにコピペで修正できないから、ある意味思い切りがあった気がする。」といような趣旨だったはず。

原稿用紙に手書きしたのって、もう、学生時代の読書感想文くらいしか思いつかないけれど、たしかに書き直しが面倒で、書いたもの残す力学がかなり強かった気がする。

書くもの、いまふうに言えばデバイスによって、文章が変わるというのはありそうですよね。

ずっとむかしで紙が貴重品の頃なんて、もっともっと書き直しなんて困難だった気がする。その時は、もっともっと脳内で言葉を練りこんでから丁寧に紙に書いたのかもしれない。この時代に「自分の考えていることは書き出してみないとわからない」なんて発言したら総バッシングだったかも‥‥

いまの若い人はパソコンよりもスマホで文字を打つのがあたり前だろうから、社会人になってパソコンで文字を打ち始めると、なにか変化が起きるのかもしれない。

そういえば、Googleの検索では「音声で検索されると自然文に近い検索になる」というような話を聞いたことがる。

書き言葉や話し言葉が違うのは昔からの常だが、音声入力がもっと普及すると、書き言葉と話し言葉が曖昧になった文章が増えるのかもしれない。

なんか、いろいろと楽しみですよね。

photo by paloetic