「おまえ!誰から給料もらってると思ってんねん!!」
新卒で入ったワンマンな中小企業で、私の真横で同僚が社長にこの言葉を投げつけられていた。
「誰から給料は出ているのか?」
これは社会人になるとよく耳したり書籍で出会う言葉である。意識が高く無い私でも、さすがにこの質問と答えは知っていた。「正解は『お客様』です。」というやつだな。
今なら「正解は越後製菓」なんていうイメージと共に脳内再生されたことだろうが、当時はこのCMが存在しないので、ただ、ボーナス問題であるとほくそ笑みながら、次の展開の予測に移ろうとしていた。そんな矢先、少し小太りな同僚が、緊張からか唇を少しプルプルさせながら答えた。
「お客様です」
教科書どおりの返答。テレンス・T・ダービーよろしく「Exactly(そのとおりでございます)」と心のかなで襟首を正してお辞儀をしていた……なんてのは嘘で、当時の心境などはさっぱり覚えていない。書いてある心理描写は完全な後付である。記憶をたどることすらできないため、完全な推測にはなるが、当時の私は怒られている最中だったのできっとビクビクしているだけだったのではないだろうか。同僚と同じく唇をプルプルさせながら。
そんなことはいい。当時の心境を覚えているいないなどは大した問題ではない。問題なのは、そんな唇プルプルな二人組に社長から怒号が飛んできた事だ。「お客様です」と答えた同僚に対して社長は激怒して叫んだ。
「俺じゃー!」
( ゚д゚) ( ゚д゚)
ポカーンである。考えても見て欲しい。「誰から給料もらっているのか?」などはテンプレ質問であって、新人社会人10人いたら9人が「お客様です」ってドヤ顔で答えるはずである。バリエーションがあるとしたら、『お客様』が『顧客』や『クライアント』に変わる程度のものだ。
ただ、私と同僚に求められていたモノは違った。「俺、つまり社長」だったのである。あの時に私たちが取るべきだった行動は、教科書に則って「お客様です(どやっ」ではなく、新興宗教の教祖様を見るような目つきをしながら「貴方様でございます」と言うことだったのだ。
* * *
かなり過ぎ去った昔の話しである。なぜ、あのような呼び出しを受ける場面になったのか、なぜ自分は同僚の隣にいたのかはすっかり思い出せない。思い出せるのは、社長室で同僚と二人して怒号を浴びせられている状況であり、その後の「あそこまでワンマンな社長はおかしいよね」なんて傷を舐め合うように同僚とお酒を飲んでいるシーンである。
今になって思うと、社長はただただ正直なだけである。中小企業の社長10人に「社員の給料は誰から払われていますか?」というと、きっと9人は「俺」と答えるのではなかろうか。本心では。そして、きっとそれが正常な事なのである。良いか悪いかは別にして。
いまもし、同僚とお酒を酌み交わすとしたら、「あそこまでワンマンな社長はおかしいよね」ではなく、「つべこべ言わずに言われた事をしろ!!!」って激おこなワンマンの人に、空気読まずに『お客様です』って答える自分達は若かったよねー。とかになるはずである。これが老いなのだろうか。
こんなどうでもいい事を思い出したのは、この件があったのはきっと寒い季節だったからであろう。本当にどうでもいい事を思い出してどうでもいい事を書いてみるこれも老いだろうか。